残雪の穂高探訪

【報告者】 島地瓶
【日 時】 2012年 5月16~20日
【参加者】 島地瓶
【行 程】 上高地~涸沢~北穂高~涸沢~上高地~西穂高~上高地
【山行名】 残雪の穂高探訪
16日晴れ 上高地(BT)14:55~徳沢16:10~横尾17:00

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 熊本を始発で出発し正午すぎ松本着。出発前に家で見つけられなかった穂高岳の地形図を駅ビル内の本屋で買い、夕食のパンなどをコンビニで確保して松本電鉄、バスを利用し上高地入りした。青空に雲が流れるまずまずの天気だが、予報は下り坂だ。この日は横尾までの平地歩きだけなので気楽に出発。林間は針葉樹独特の樹液の匂いが漂っており、それをかいだだけで不意にある種郷愁のような強い感情を覚え、来て良かったとしみじみ思う。
 徳沢で10分ほど休み、先に進む。意外に早く横尾に到着した。テントを張って横になる。すっかり暗くなった7時ごろスノーボードを担いだ青年がやってきたのでしばし立ち話した。槍沢で滑降を楽しむそうだ。


17日曇り 横尾3:35 涸沢6:15~7:00 北穂高9:43 北穂高小屋発9:52 涸沢10:31

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 3時前に目が覚めた。撤収して涸沢を目指す。出発時は星が少し見えていたが進むに連れ曇ってきた。本谷橋前後からデブリ地帯に突入。小屋が見えてから傾斜がきつくなり、空腹と相まってペースダウンしてしまった。涸沢には何度か来ているが、いつも下りで通過するだけで、登るのも泊まるのも実は初めて。
 平日にもかかわらずいくつもテントがあるのは涸沢ならでは。一角にテントを張り、竹ペグを埋めて固定。その後適当にトレースをたどって北穂に向かった。あわよくばバリエーションの東稜を登ろうともくろんでいたが、上部に分厚いガスがかかっている今回は北穂沢からの往復で我慢せねばなるまい。登っている途中で、トレースが奥穂に向かうザイテングラートに近づいていることに気づき、慌てて南稜末端の下部を右へトラバースして軌道修正した。これで15分は無駄にしただろう。北穂沢には顕著なトレースがあった。傾斜が出てきたのでアイゼンに切り替える。ザクザクと緩んでいた雪が徐々に固くなってきた。視界は30~50㍍ほど。トレースがなかったら引き返していた。高度計もGPSも持ってきていないのでどのあたりまで来ているのかも分からないままひたすら登り続けた。途中、ガイド付きの中高年十数人が数珠つなぎで下ってきた。このパーティーがしっかりとトレースを付けてくれたようだ。
 沢が狭くなってきているのを感じながらじりじり高度を稼いでいくとついに坂が終わった。右にちょっと進むと霧の中に北穂の標識が出てきた。山頂の反対側に下るともう北穂小屋だ。以前の縦走時、登山者でにぎわっていたテラスも無人で寒々とした光景。アイゼンを外して中に入って休み、体が冷えないうちに下降を始めた。
 雪が固い上部は後ろ向きで下った場所も2カ所ほどあったが、走ったりシリセードをしたりして一気に下ることができた。雲間からテントが見えるとさすがに安堵を感じる。他人のトレースに登らせてもらっただけの価値の低いアタックだった。

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 テントに戻ってきたらやることがなく手持ち無沙汰。本を持ってこなかったのが悔やまれる。携帯もラジオも入りくい。涸沢は昨今、雑誌などで聖地のように喧伝されており、昨年の紅葉シーズンは千張り以上のテントで埋め尽くされたというが、持ち上げすぎだろう。開放的な剱沢のテント場の方が好ましい。
午後には雲が上がっていき、稜線まで見えるようになってきた。こんなことなら北穂小屋でゆっくりしていけばよかった。夕方には再び天候が悪化し、みぞれが雪になり、一晩中続いた。雷もさく裂し、縮み上がった。計画では翌日は奥穂から前穂に縦走し、奥明神沢から岳沢に下ることにしていたが、この悪天候では危険だ。新雪によるラッセルや表層雪崩の危険もあるので、ルート変更を考えた。
18日雨 涸沢6:37 横尾8:13~9:05 徳沢9:52 上高地(河童橋)11:04

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朝、テントの外をうかがうと新雪が10センチほど積もっていた。雪かきをしたりして明るくなるのを待った。他のパーティーも撤収作業を始めたので、かねてからの考え通り、19日の晴天を期して上高地へ下降した。
横尾で休憩中、槍ケ岳山荘で働いているという男性から「槍に行きませんか」と誘われ、よほどそっちに変更しようかと迷ったりして気持ちがぶれる。しかし、降りだした雨が槍への未練を振り払った。雨降る道を黙々と歩き上高地着。休むとやたらと寒いので温度計を見たら4度しかなかった。このままでは風邪をひきそうなので温泉に入り、雨が小ぶりになったのを見計らって小梨平で幕営した。
天気予報では午後から晴れるということだったが、まったくその気配はない。テントの中で横になって、湿った寝袋を体温で乾かしながら雨の音を聞いた。上高地とは思えないほどの静謐な時間をうとうとして過ごす。なかなか悪くない時間だった。
夕方になってようやく雨はやんだ。上の方はずっと吹雪だったと思われる。
19日快晴 上高地(小梨平)4:05 西穂山荘7:30~8:26 独標9:29 西穂高岳11:05~11:09 西穂山荘12:54

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ぐっと冷え込み木々の間から星が見える。テントの外に置いていたピッケルなどの表面には氷がついていた。河童橋を渡る際、岳沢の方に足が向きそうになるのをこらえて西穂口に向かう。朝のおつとめを終え、登山口のゲートをくぐった。中間地点の宝水までは土の道だったが、そこから上は雪の上を歩く。残雪に昨日降った雪が乗り、気持ちの良い真っ白な斜面が続く。樹林帯を通して見上げる空は濃い青色。待ちに待った快晴。
焼岳への縦走路を見渡すあたりまで登るとすぐに小屋があった。ここまで看板、赤テープ、竹竿によるルート表示があり、迷うことはなかった。小屋の前のテン場に設営したら、小屋の人に「竹竿で囲ったところの中に」と言われ、移転作業をしたため時間を少々ロスした。
アタックに必要な装備を突っ込み、西穂ピークへ出発。新雪がまだとけておらず、さわやかな雪山の景色を堪能した。降りてくるパーティーもおり、もう山頂に行ったのか聞いたら、独標までのピストンということだった。独標から先は幸運にもノートレースだった。真っさらな雪面に自らのトレースを刻むという雪山の醍醐味を味わう。新雪が吹きだまっているところでは膝近くまで沈み、体力を消耗する。上高地側には雪庇が出ており、ライン取りには注意が必要だった。穂高連峰の中では西穂が一番格下だと思っていたが、意外に充実感がある。

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幾つもの小ピークを越えたり巻いたりして狭い山頂にたどり着いた。証拠写真を押さえた後、周囲を見渡す。今までに西穂には3、4回は来ているはずだが、いつも天候が悪く展望に関しては記憶がなかったので奥穂やジャンダルム、吊尾根、明神岳などの山並みを新鮮な思いで眺めた。
5分ほどで休憩を切り上げ下降開始。トレースがあるのはやはり楽だ。何人かと擦れ違って独標に到着。独標と山荘の間は後から後から人が登ってくる。昼ごろには雪もとけ、泥道になっていた。
テントの上に寝袋を干したり、新雪をバーナーでとかして水を作ったり、ほかの登山者と、飲みながら話し込んだり、自由かつのんびりした午後を満喫した。

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20日晴れ 西穂山荘4:40 上高地(BT)6:15
もう最終日。心身が山の時間になじんできたところだが現実世界へ戻らなくてはならない。周りのテントが起き出していたので起きて朝食をとり、撤収を済ます。何人かが西穂へのアタックに出掛けていくのを見送った。明るくないのに樹林帯を下っても面白くないのでうろうろして時間をつぶし、十分に明るくなってから出発した。
昨日登ってきた純白の雪原は文字通り春の雪のごとくはかなく消えうせ、土や落ち葉で汚くなった残雪の斜面となっていた。おかげでトレースも分かりづらかった。立ち木に取り付けられた標識を注意深く探して宝水まで下り、顔を洗ってさらに上高地に下った。バスは8時発なので、それまで小梨平付近を散策して名残を惜しんだ。
松本では開運堂という和菓子屋でお土産を購入。見た目以上に値が張ったが、品物は良く、非常に好評だった。
感想
計画では簡単なバリエーションを単独で登ろうというものだったが、今回は天候が優れなかったため大幅に変更した。終わってみると満足感は意外と高い山旅だった。せわしないサラリーマン生活や家庭生活から離れ、きままに過ごせた5日間は貴重だった。半面、計画変更の内容が安易過ぎるのではないかという引け目が消えがたく残った。帰宅後岳沢小屋のブログを見ると、19日は降雪が多くコブ尾根、奥明神沢を目指したパーティーがいずれも敗退していたとあったので、西穂への転進は結果的には妥当な判断だったと納得した。この時期の北アルプスはやはり最高にさわやかだ。来年もまた行かねばと思う。